ジャニー喜多川社長の若い頃の逸話が凄い。後継者は子供?滝沢秀明?
2019年6月22日、日本が誇る男性アイドル事務所の名物代表取締役である『ジャニー喜多川』さんの訃報が流れました。
事務所側は正式な発表をしておらず、死因も明らかにされていませんが、以前より心配されてきた体調の悪化が響いた形となり、日本のアイドルファンは特に大きな衝撃を受けました。
現時点ではデマ情報ともされていますが、デマであってほしいことを願いたいですが・・・
- ジャニー喜多川社長の若い頃の逸話や経歴は?
- ジャニーズ事務所の後継者は子供なの?タッキーこと滝沢秀明なの?
今回はそんなジャニー喜多川さんについて、結婚や子供の有無など含めて調査してまとめてみました。
ジャニー喜多川社長の若い頃の逸話が凄い
ジャニー喜多川さんとは、日本では知らぬ人は居ないとも断言できる男性アイドル事務所「ジャニーズ事務所」の代表取締役です。
職業の分類上、「芸能プロモーター」「音楽プロデューサー」「実業家」ということになります。
ジャニーズ事務所の他、ジェイ・ドリームやジャニーズ出版、ヤング・コミュニケーションやつづきスタジオといったジャニーズ事務所関連会社の代表取締役を務めてもいました。
プロ野球チームのマネージャーであった「喜多川諦道」さんの息子であり、ジャニーズ事務所の取締役副社長のメリー喜多川さんを含む4人兄弟の三番目であり、喜多川家の次男でもありました。
ジャニーさんの逸話が凄すぎる
アメリカ出身であるため、非常に独特な価値観を持っており、それらから来る逸話も多数持っています。
具体的には
- 自分の事務所に所属しているタレントは基本的に「You」呼び(名前が「ユウ」である関ジャニ∞の「横山裕」のみ、名前と「You」が混同するため「ヨコ」と呼ぶ)
- ジャニー喜多川さんがタレントを「You」呼びする理由は「アメリカでは相手をYou呼びするのが当たり前」「タレントの名前が覚えられない時に便利だから」と語っている
- 敬語が堅苦しいので苦手であり、所属タレントに対しても敬語禁止令を敷いていた
- 所属タレントがジャニー喜多川さんを呼ぶときは「ジャニーさん」「社長」
- 「Youやっちゃいなよ」という名言を始めとして、独特な言葉遣いで喋ることが有名
といったエピソードがよく語られます。
また、ギネス記録を三つも持つ人物であり「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワンシングルをプロデュースした人物」「最も多くのチャート1位アーティストを生み出したプロデューサー」として名を残しています。
その際、今まで全くメディアに姿を現さない謎の人物であり、ありとあらゆる表彰にも代理人を立ててきたジャニー喜多川さんが、とうとう自らの姿をメディアの前に晒したというエピソードもあります。
ジャニー喜多川社長の経歴
- 1931年10月23日:プロ野球チーム「ゴールドスター」マネージャーの喜多川諦道さんの三番目の子供として生誕
- 1933年:日本に来日し、暮らし始める
- 1939年9月1日:第二次世界大戦勃発、ジャニー喜多川さんはジュリー喜多川さんや兄、弟と共に和歌山県北牟婁郡那智勝浦町へ疎開する
- 1947年:子供たちのみでアメリカ ロサンゼルスへ向かい暮らし始める
- 1950年:美空ひばりのロサンゼルス公演時に、父の勤務先である「真宗大谷派東本願寺ロサンゼルス別院」が会場となったことが縁でステージプロデュースを担当、美空ひばりと親しくなる
- 1952年:在日アメリカ合衆国大使館で陸軍犯罪捜査局の情報員として勤務をする
- 1955年:上智大学在学中にバンドを結成、以降日本に永住
- 1960年代:少年野球チーム「ジャニーズ」のコーチを担当する
- 1962年:「ウェストサイドストーリー」に感銘を受け、エンターテインメントの方面へ進むことを決意、野球チームのメンバー4人を選抜し、アイドルグループ「ジャニーズ」を結成、同年「ジャニーズ事務所」を設立(当時は渡辺プロダクションと業務提携していた)
- 1967年4月1日:「フォーリーブス」結成
- 1972年8月1日:「郷ひろみ」さんがレコードデビュー(歌手としては「CBSソニー」所属だが、事務所はジャニーズ事務所)
- 1975年1月:ジャニーズ事務所が渡辺プロダクションから完全に独立
- 1987年6月:「光GENJI」結成
- 1991年9月9日:「SMAP」メジャーデビュー
- 1994年9月21日:「TOKIO」メジャーデビュー
- 1995年11月1日:バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして「V6」メジャーデビュー
- 1997年7月21日:「KinKi Kids」CDデビュー
- 1998年4月29日:ジャニー喜多川さんが企画協力した映画「新宿少年探偵団」が劇場公開される
- 1999年11月3日:「嵐」メジャーデビュー
- 2002年9月11日:「タッキー&翼」CDデビュー
- 2003年11月7日:バレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして「NEWS」メジャーデビュー
- 2006年3月22日:「KAT-TUN」CDデビュー
- 2007年11月14日:「Hey!Say!JUMP」メジャーデビュー、始めてメンバー全員が平成生まれの人物で結成される
- 2010年3月2日:期間限定ユニットから「NYC」が正式デビュー
- 2011年:「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワンシングルをプロデュースした人物」としてギネスワールドレコードに記録を残す
- 2011年8月:「Kis-My-Ft2」メジャーデビュー
- 2011年11月14日:「Sexy Zone」がバレーボールのワールドカップイメージキャラクターとしてメジャーデビュー
- 2012年:「最も多くのチャート1位アーティストを生み出したプロデューサー」としてギネスワールドレコードに再び名を残す
- 2012年1月31日:「A.B.C-Z」がCDではなくDVDを発売しメジャーデビュー
- 2014年4月23日:「ジャニーズ」以外のジャニーズを関する名前を持つグループとして「ジャニーズWEST」がメジャーデビュー
- 2017年5月:ジャニー喜多川さん訃報説、重病説が流布されるが、本人が「死にませんよ!絶対!」と完全否定
- 2018年2月13日:SME乃木坂ビル購入、体調不良であったジャニー喜多川さんが欲しがっていた「稽古場が沢山入るビル」を手に入れすこぶる元気となったと報じられる
- 2018年5月23日:ジャニー喜多川さんが最後にメジャーデビューさせたグループ「King&Prince」がメジャーデビュー
- 2019年3月:映画「少年たち」の制作に関わる
- 2019年6月18日:ジャニー喜多川さんが自宅で倒れて救急搬送される
- 2019年6月22日:ジャニー喜多川さんが東京都内病院にて死亡したと判明する、享年87歳
ジャニー喜多川社長のプロフィール
- 名前:ジャニー喜多川(じゃにー きたがわ)
- 本名:ジョン・ヒロム・キタガワ/喜多川擴(きたがわ ひろむ)
- 性別:男性
- 年齢:87歳
- 生年月日:1931年10月23日
- 出身地:アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス市
ジャニー喜多川社長の若い頃の画像や子供は?
2011年にギネス記録に残るまで、メディアには一切顔を出さず、2011年以降に顔を出したとしても顔の詳細がわかりにくい肖像写真を出していたジャニー喜多川さん。
顔を出した後でもジャニーズ事務所の方針としてあまり堂々とインターネットに写真を晒さないことで有名でした。
しかし、そんなジャニー喜多川さんの若い頃の写真が、インターネット上に出回っていることがわかりました。
その写真がこちらになります。
時代が時代だけに不鮮明なモノクロ写真が多いですが、顔はどんなものか確認することが可能です。
見てみると2019年代のジャニー喜多川さんの面影はありますね。
ジャニー喜多川さんは結婚してる?嫁や子供は?
ジャニー喜多川さんに姉や姪の存在があることは周知の事実ですが、ジャニー喜多川さん自体に配偶者は存在しません。
従って、ジャニー喜多川さんには子供はいません。
ジャニー喜多川さんは噂によると「同性愛者」であると言われています。
この噂はまことしやかに囁かれているものなので、真実かどうかは2019年6月23日現在最早確かめる術はありませんが、もし同性愛者であるとしたら、女性の配偶者を取らないのも頷けると思います。
ジャニーズ事務所を継ぐジャニー喜多川社長の後継者は誰?
ジャニー喜多川さんに配偶者も子息もいないとなると、ジャニー喜多川さんが残したジャニーズ事務所や莫大な資産はどこに行くのか気になるところでしょう。
後継者は副社長かジャニーズ関連会社社長?
恐らくそれらの遺産に関しては、ジャニー喜多川さんの姉でありジャニーズ事務所の取締役副社長のメリー喜多川さんか・・・
その娘でありジェイ・ストームの代表取締役社長に就任している「藤島ジュリー景子」さんが引き継ぐことになるのではないかと言われています。
一方でジャニーズの超有名スターが後をつぐのではないかとされる説も有力になっています。
ジャニーズ事務所の後継者はタッキーこと滝沢秀明が有力
一部に流布されている噂では、芸能界を引退して、ジャニー喜多川さんが一身に担ってきたアイドルプロデュース業を任された、元ジャニーズ事務所所属アイドルの一人「滝沢秀明」さんが社長業を引き継ぐのではないかとも言われています。
これからのジャニーズ事務所に関わる事項ですが、それらに関してはジャニーズ事務所側が近日ジャニー喜多川さんの正式な訃報を発表すると同時に明らかになることだと思われます。
2019年6月23日現在、わからないこととなっていますので、ジャニーズ事務所側からの正式な声明を待ちましょう。
まとめ
2019年6月22日に訃報が流れ、芸能界から一般人にまで衝撃を走らせたジャニーズ事務所代表取締役『ジャニー喜多川』さんは
- 本名「ジョン・ヒロム・キタガワ(喜多川擴)」で1931年10月23日生まれの年齢87歳の男性
- 1975年にジャニーズ事務所を設立した人物で、1955年には自らバンドを組んで芸能活動をしていた過去がある
- 解散してしまったSMAPなどを始めとした、数多く存在するジャニーズ事務所所属アイドルのプロデュースを一身に担っていた
- 2019年6月18日に倒れる前から、体調不良であったことが明らかになっている
- 配偶者や子供はおらず、ジャニー喜多川さんの遺産の引継ぎ、ジャニーズ事務所の経営に関する部分に注目が集まっている
とのことです。
日本を代表する超大手芸能事務所を代表する人物の突然の訃報に、各所で驚愕の声が上がっています。
しかし、まだジャニーズ事務所が正式発表していないためガセの可能性も。
今後、ジャニーズ事務所の周辺がどのようになっていくのか、その一挙一動に視線が集まります。
[st-card id=18063 label=” name=”]